大阪育ちのナガサキが熊本ではたらくブログ

~東京生活を捨て、妻と子供と熊本へ移住をし、地方の可能性を発信する夢見がちな一般ピーポーの日々~

自家製リンゴジャム販売から年商64億円企業になった久世福商店の社長講和が凄かった話

      2016/11/19

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久世福商店を知らなかった訳ですが、社長の話を聞かせてもらう機会がありまして、知らなかったことを恥じるほどに、現在勢いにのっている会社であることを知りました。熊本では、放映されておりませんが、先日のカンブリア宮殿でも取り上げられたとのことでございました。

久世福商店(サンクゼール)とは

久世福商店はブランド名で、運営している会社はサンクゼールです。長野県本社の会社で、

はじまりは、サンクゼール創業者久世良三の妻、まゆみが斑尾高原のペンシ
ョンの朝食で出していた手作りジャム。1979 年創業、1982 年長野県中野市に
株式会社斑尾高原農場(現、株式会社サンクゼール)を設立しました。1987
年現在の本社所在地である上水内郡三水村(現、飯綱町)に本社を移し、1989
年にはレストランサンクゼール、翌年 1990 年には直売店(本店)をオープン。
1999 年直営店第 1 号の軽井沢店をオープン、以降サンクゼール・ワイナリー
を長野県内に出店し、2001 年県外初となる八ヶ岳店を出店。2013 年には和の
セレクトショップ“久世福商店”第 1 号店をイオンモール幕張新都心へオー
プン。
https://www.stcousair.co.jp/news/pressrelease/20161109.pdf

と、このイオンモールへの出店を契機に加速度的に展開が広がり、現在年商64億円。今年の11月で100店舗を越える出店を達成されたようです。それに合わせたキャンペーンが今月末まであるようなので、近くの人は良いですね。

特徴は、
%e3%82%ad%e3%83%a3%e3%83%97%e3%83%81%e3%83%a3という、食品のセレクトショップであって、

これらの商品は抜群に評価が高いようです。僕は社長の話が面白かったって理由で買います。

その面白かった社長の話

正直ですが、饒舌というスピーチではなくて、なんだったら、けっこーたどたどしく話されていたので、知らない僕からすると、何の人なんだろうか、この人は、ってなっていた訳ですが、聞けば聞くほど、さっきまでの自分の態度を恥じることとなっていきました。

スキーを知って人生の歯車が狂った

この言葉が出た時は、会場ウケてました。ずっとスキーをされていて、好きすぎて借金を4千万円ほどしてペンションを経営したと。そこで、とにかく自分の好きなように生きていて、石原良純さんが、アルバイトにも来ていたらしく、ある程度順調に進んでいたようです。キャリアの最初が、自分でペンション経営っていうのも、だいぶ振り切った決断だと感じますし、若くして夢を叶えた行動力のあるイケてる社長の順風満帆なサクセスストーリーかなと思っていたのですが、その後、ペンションはやめることとなります。

私はペンションの飯炊き女ではない

子供が出来てから、スキーシーズンの繁忙期はプライバシーなど全くなく睡眠もろくにとれないような状況が続くかと思えば、オフシーズンには収入が途絶えるという、ペンション経営のハードワークで家族間がギクシャクし始めた頃、お子さんが病気になられます。それでもペンションの運営を止めなかった社長に対して、奥様が子供を連れて出て行ってしまいました。このままだと離婚となった時、社長はペンションをやめることを決意し、他の職種への転換を決断します。ここで思うのは、普通これで物語は終わりでしょうと。たしかに努力はしないといけないですが、転職して家族みんな仲良く暮らしましたとさ、おしまい、だと思うんですけど、ここから、えーそっちいくーって言うような打ち手をされます。

ジャムが売れる

ペンションをやめること前提で、ペンションを続ける日々の中で、朝食に奥様が手作りされるリンゴジャムが毎度好評で、お土産でお客さんに渡すみたいなところがスタートだったのですが、これがだんだんと商品になり、ペンションをやめて、リンゴジャム屋になると変わっていきます。ちなみにこのジャムは、当時(1982年頃)一般的だった甘いジャム(糖度65度)ではなく、素材の味をそのままに活かした糖度50度程度のもので、規格的にはジャムと認められなかったそうです。しかしながら、現在ジャムの規格は、糖度40度以上と規格条件すら変更されていて、日本のジャムを変えるほどの影響力を持った商品に、ゆくゆくなっていきます。
僕なら、勤め人とかの道を探してしまいそうなんですけど、やっぱりそうじゃないんですね。環境もあるんでしょうけど、あくまで事業を営まれる方向で進んでいきます。

工場と農園を作る

ここが、え?なんですけど、フランスに夫婦で視察も兼ねた旅行に行って、完全に心を奪われたらしく、長野に戻るや、農園と工場とセットにしてワインを作るとかってなるんですね。ここがやっぱ、ペンションいきなり始めるだけの人やなと思う訳ですが、かなりの額を借金して、建設を終わらせます。よくお金借りれたよなとかも思うのですが、結果として想いを果たす訳です。

資金ショート寸前の期間が10年ぐらい続く

新たな投資をしてから、かなりの期間ギリギリの状態が続いたとのことです。ある意味、想いだけと言っても過言ではないところからのスタートで、ビジネスはなかなか軌道にのらず、それでもワンマンで経営を進めてきたけども、気付けば借金は8億円まで膨らみ、いよいよこのままでは倒産となった時、全てをさらけ出さざるを得なくなった時に、大きく変わったとおっしゃられました。

全社員の前で会社の状態を説明し、自分をさらけ出した

それまで経営をしている時は、弱みを見せると人心が離れると思い込んできた。社員には、聞く耳を持たない傲慢な経営者に映っていたと思う。実際にそうしてきた。でも、もうこれ以上どうにもならないと思った時、社員に謝罪をして、どうなるかいよいよ分からないけれど、それでも良いと思う人は、一緒に頑張ってほしいことを伝えた。そこで、誰一人として辞めなかった。頼ってくれて嬉しいですと言ってくれる社員すら居た。妻からも、「私はあなたの財産と結婚した訳ではなくて、あなたを選んで結婚した。経済的な面が悪くなったからといって、あなたと離れることはしないし、むしろ私も頑張る」というようなやり取りをした。本当に人生観が変わった。これをきっかけに本当に変わった。
と、淡々と話しをされる感じに、私はかなり泣きそうでした。

社長からのメッセージ

患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。ローマ5:3~5
失意にあった時期に出会った聖書の言葉。それ以来信仰を持って事業を進められている。とんでもない困難を前に、この言葉で本当に救われた。

何かを本気で実現しようと思った時は、何かを捨てる必要がある

セレクトショップに踏み切る時、これまでの流通の関係会社と競合する事態がおきた。その時は、その関係を断ち切って、自分が正しいと判断したことを押し進める気概が必要だった。

時に、日本の常識を疑い世界の本物を見よう
資金繰りがうまくいかなくなった時、農園だけを切り売りしろとか、いろんな話がきた。でも、成し遂げたい姿は、農園と工場がセットになってこそ成立するものなので、それをブラすことはしなかった。本物の姿を強く認識していることで、今に至れたと感じる。

危機感
どんな時でも、強く感じている。そして、それを共有するようにしている。

自分達の力を超えた市場に挑戦する
いつでも、挑戦する姿勢を持ち続けている。自分たちの今の力の範囲でおさまる世界で勝負するのではなく、常に超えているところに打って出ていく。

感じたのは、とにかく良いと感じたものを信じ抜いていること。それから、それをすぐに実践してしまうこと。だからこそ、物作りにおいても成功をし、その感覚だけを突き詰めたセレクトショップでも評価を得られたんだと思いました。

そんなサンクゼールの欲しい人材

ホームページにこんな記載があります。
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なるほどーと思った訳でございますし、明確な基準があるなとも感じたのですが、この7番の「帰国子女なども欲しい」というのが、なんというか、そのー、いきなりめちゃくちゃ具体的かつ、上から言っているよな、下から言ってもいるような、異彩を放つとは、まさにこのことと言う、言い回しにシビレました。5番でジャブを打ちつつ、7番で踏み込むみたいな。地方のスター企業であることは、間違いないので自分も頑張ります。

ほな

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