大阪育ちのナガサキが熊本ではたらくブログ

~東京生活を捨て、妻と子供と熊本へ移住をし、地方の可能性を発信する夢見がちな一般ピーポーの日々~

インターンシップ生から垣間見えた現代社会の問題点についての話

      2016/09/12

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インターンシップ生が二人、一週間来ていた。自分が大阪の文系三流大学出身男子だからか、熊本トップの理系大学生女子を見ると、中学生ぐらいにしか見えず、この10年で何があったんだと驚くことも多かった。あと、レポートがただの日記のような内容が多くて、その真っすぐさにも驚いた。何が無いかというと、どう感じたかとか、これを何に活かしていきたいかとか、好き嫌いも含めて、そういう「自分」の考えが、ほとんどなかった。それなりに勉強をして、優秀とされる層の子たちなのに、その点は問われていない日々なのかなと、不安すら感じた。

一週間のまとめを報告をするにあたって、その「自分」で感じたことを、きちんと発表してほしいことを伝えた。やってきたことに何を感じて、それについてこれからどうしたいかとか、どうできそうだとか、そのあたりを教えて欲しいと。でも、どうやらその点はすごく難しかったようで、二人で30分の発表時間のうち、25分ぐらいはやったことの説明を事細かにしてくれていた。日本の教育の優秀とは、この状況説明を細部にいたって説明できる能力があるかを問うものになっているのかなと、理系・文系の違いはあるかもしれないけど、正直物足りなさを感じる点もあった。しかしながら、一生懸命取り組んでくれたことは感じられたし、発表の感想にも「自分」が感じたことを表現することが、うまく出来なかったし、難しかったと書かれていた。一人の子は感極まって泣いてたりしていた。確かに緊張するよなと、こちらもだいぶ焦った。すごく真面目なんだろうし、教えてあげる人がいればどんどん良くなるんだろうなと、ポテンシャルは感じられた。

でも、ベースとして「自分」が何を感じたかを考えなくても、ある程度やり過ごせてしまう社会なのかなと、改めてそんなことを感じた。言われたことを、どこまで精密にやれるかが重要であって、なぜそうなったのか?とか、なんでやるのか?とか、ていうか、これめっちゃやりにくいねんけど、どうなってんの?とか、きっと子供の頃は誰しもが持ってたはずの「なんで?」から始まる重要な個人の気持ちについては、事前に言わなければおそらく全く出てこなかったと思う。でも、きっと当人たちに悪気はなくて、今自分たちが出来る精一杯の対応で、その責任を果たしてくれていたし、指示をしたので「自分」の考えについても表現をしてくれた。

最近の若いもんは、というフレーズはいつの世にもあるんだと思うけれども、この「指示を受けた内容を正確に行う」ことで評価を受ける学生と、「指示されずとも自分で考えて行動する」ことで評価を受ける社会人とは、短期間のうちに余りにも違うことを求める社会の在り方事態もなんだかんだおかしいよなと、やっぱもっと早いうちから「考えること」とそのために必要な「やり方」については教えられるべきよなと、かなり自分事として彼女たちの発表を見ていた。

最後に、「うちの会社がもっと良くなるためにはどうしたらいいと思いますか?」という難しい質問に、「みなさん、すごいんでもっと褒め合っていいと思います、だって、すごい量の仕事していると思います。褒めあうべきです」と、「各分野で専門性が高いから、分かれてしまうのはわかるんですが、共有できるスキルを広げて補いあえれば、もっと理解が深まって助け合えると思います」という回答は、インターンシップ生にそういうことを求めてますよっていうぐらい、正直で誠実かつみんなに本当に響く意見だった。重要なことは、必ず個人が「感じたこと」に隠されている。そこに価値があるし、ないがしろにされるべきもので無いことをもっと知っておいて貰いたい。

ほな

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