大阪育ちのナガサキが熊本ではたらくブログ

~東京生活を捨て、妻と子供と熊本へ移住をし、地方の可能性を発信する夢見がちな一般ピーポーの日々~

ブログを始めるにあたって

      2016/11/12

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変な人と出会ってしまった。

これまで自分で好きなことを見つけて生きてきたし、(中学校時代は騎手になりたくて新聞配達をしながら乗馬に通い、高校時代は漫才をし続け、大学時代は中国に一年留学をして、大手電機メーカーに就職、後に結婚、転職、現在一男一女の父である)誰かに大きな迷惑をかけるでもなく、むしろ感謝をされるのではと言うぐらい、生きてきたつもりであった。

そんな日々の中、変な人は上司として現れた。転職してから約一年、部署異動した先にいたのであった。変な人は実務力こそ0点に近いのだが(特に稟議と聞くと舌打ちしかしてなかったように思う)、今まで出会ったことのない人種でまったくもって知らなかった世界の片鱗を教えてくれた。いかに自分の世界が狭く、その中でしか生きてきていなかったのかを、痛感させられた。そんな変な人は格好良くも見えた。

するとある日、「ナガサキは人生に対する踏み込みが甘い」と真顔で言ってきた。ん?仕事の指示は?というか、人生に対する踏み込みが甘いって言葉のチョイスどっからくるんですか?と聞き慣れない言葉に戸惑った。「生き方が定まってない」「何の為に生きてるんですか、キミ」なんて言葉をまっすぐ目を見て言ってくるのである。なんだこれはと。言う相手間違ったら、ただのクレームになりませんか?と感じつつも、実は思い当たる節がありまくる自分は、ずばり言い当てられた気がして面食らったのであった。

と、こんなやり取りをしたのがおよそ一年前である。現在は仕事上、上司と部下という立場ではなくなっているのだが、会う機会がある度に「相変わらず踏み込み甘いねー、あまふみちゃんだねー」と挨拶代わりに連呼される。そんな変な人のおかげで、いろんな人と出会わさせていただいた。そして、その出会いの中で最近ようやく「人生は有限であり、その時その時を真剣に最高に生きる」という検索すれば当たり前のように出てくる言葉の意味を、理解した。確かにその通りだと、本当に腹の底から納得したのである。

それは、この人ほんまもんやなとか、ほんまに言ってるなって人と接する機会をいただいたことと、そのたくましさの本質に気づき、行動を起こす仲間の存在が、焦りと憧れの中で、自らも「ああこうやって生きていきたかったのだ」と思い知ったからである。

でなければ、これまで通りスティーブジョブスは、『もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?』と毎朝問いかけていたらしいレベルの、ただの情報として目の前を通り過ぎていたと思う。不細工でも下手くそでもまずは行動だと今は思うのである。なので、この12月からブログを書き始める。行動の一歩として、基本的に一日一つ記事化していく。

目的は、
①言語化能力の向上
それなりにできるている自分だと思っていたのだけれど、語彙の量、構成力、回答の速さ、のあらゆる面でまったくもってイケてないことがこの数か月間で特によくわかった。逆に、よくもまぁちょっとできてると思えてたなぐらいボコられたので、さすがに鍛えたいと考える次第である。。

②誰かに説明する前提で日常生活を送る
前職は朝礼があった。朝礼当番は所感を述べることが義務化されていた。当番の日は、いつもの二倍ぐらいの熱意で日経新聞に目を通し、何かネタが無いかと探していた。よくある話だけれども、説明することが決まっているとインプットの質が変わる。これからは一日一記事を目標とするので、何事にももう一歩踏み込んで取り組んでいく。

③地方移住ってどうなんやろなーって思う人の参考になれば
自分でも、これまでいくつかサイトを見てきたけれども、本当のとこどうなのかが分かるものはあまり無かった。地方移住と言っても、移る場所毎で全く違うので、ケースに当てはまらないとあまり意味が無いのかもしれないが、収入や、暮らしぶり、家族での移住、東京圏と比べてのメリデメ等、大阪育ちで、横浜にマンションを買い、東京で仕事をしてから熊本に移住する人間の視点から、発信をしていきたい。

と、サイトを見やすくすることさえもままならない今の状況だが、これから見よう見まねで少しずつ良くしていきたい。

ほな ←これ、文末に入れることにしました。

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