大阪育ちのナガサキが熊本ではたらくブログ

~東京生活を捨て、妻と子供と熊本へ移住をし、地方の可能性を発信する夢見がちな一般ピーポーの日々~

阿蘇の妖精、たこやきけーしが人知れず帰ってきていた話

      2016/06/11

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ちょうど一カ月ぐらい前に、ひょんなことから出会った青年が出会ってから3時間後ぐらいに、東京で阿蘇復興の支援金集めてきます!と突然ヒッチハイクで向かうこととなったことをブログに書いた。

阿蘇観光業の危機に立ち上がった一匹の妖精の話
http://ngk-nagakuma.com/archives/513

出発してから、数日後に無事東京に着いたが、あまりにも勢いよく飛び出してしまったが為に、道中乗せてくれた方々からも「大丈夫?東京に居る人達は冷たいから、多分全力で無視されるよ」「本気でたこ焼き売ろうとしたら許認可が大変やから、相当厳しいよ」「というか、わざわざ東京までいかなくてもクラウドファンディングとか方法あったんじゃない」という投げかけを受けて、えーとえーととタジタジになっていた。送りだした僕たちは、それは分かっているけど、そんなの飛び越える行動力がありそうやったから送りだしたし、是非暴れてくれっていうエールを送っていた。彼もそれに応えて、勢いで凌ぎ切ろうとしていた。

しかしながら、現実は過酷かつ、律儀な彼はたこ焼きを売る為にはどうしたら良いですかと、ちゃんと保健所に確認をしに行き、さまざまな宿題を見つけてきた。これは、ちょっとすぐには出来ないかもなってことで、度胸試しに募金活動をしようと駅前に立つと、10分でお巡りさんに注意されて撤退した。なんだこれは、めちゃめちゃうまくいかないではないか。もっと切り拓けると思っていたけども、まったく歯が立たないではないか。そーこーしているうちに、間借りさせてもらっている友人からもずっといるつもりなら、月に一定額は払って欲しいという申し出まで出てきて、所持金は5万円しかなく、ぐぬぬぬと言うところから音信が途絶え気味になっていた。

彼の師匠は定期的に連絡を取っているとのことであったが、ちょっと用事が出来たので直接けーしに連絡をしてみた。すると電話がかかってきた。
け:いやー、すんまんせん、今阿蘇に帰ってきてんすよー!
僕:まじか!いつよ?どうやってよ?
け:二日前にヒッチハイクで!
僕:ほんまかー、大変やったなー、なんかごめんなー。
け:こっちこそすいません。何にも言えなくて。
僕:結局、向こうで何してたん?
け:いやー、もうね、ひたすら自分と向き合ってましたよ、ほんと。
僕:なんか得られた?
け:宮崎でairbnb使って外人相手に商売することにしました。
僕:ほんまかー、いつから?
け:6月16日からもう宮崎に行きます。
僕:さみしなるなー、また遊ぼうなー。
け:是非ー、また!

みたいなやり取りをした。また一人、熊本から出て行ってしまう。応援するとか言っておいて、結局何もしなかった自分のジョぼさを思い知る。
人それぞれ日常が始まっているけれども、震災前のそれと大きく変わってしまっている人は、まだまだたくさんいる。飲み食いや、生存にかかわる問題は震災直後の一週間から比べると劇的に改善されているが、だんだんと資金や収入面での問題が明らかになってきて、先行きへの不安の輪郭が浮き彫りになってきている。目に映るもの全てを救えたらいいのにと感じはするものの、妖精一匹の生活を熊本に留まらせることすら出来ない。

グループの親会社に復興部が組織された。そこに入社間もない県外出身で、子会社在籍のぼくにも兼務をかけてくれた。そういう人間にも機会を与える判断をしてくれた会社にも、ちゃんと感謝したい。復興っていろんなことが含まれるだろうけども、単純に楽しくて、単純に笑ってしまえて、やっぱり生きてることっていいねって感じられるような瞬間を、出来る限り多く作り出せるような取り組みが、僕はしたい。阿蘇へ向かう道路の整備は向こう何年かかるか分からないぐらい、時間がかかりそう。それでも、またみんなで集まって、まずいたこやきでも食べられたら、それはそれで良い未来だと思う。あらゆる人たちがまた笑って集まれる日を一日でも早められるように、全力で笑かしにかかりたい。

でもまぁ、あのー、スベッてばかりの人生なんですけれども。

ほな

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