大阪育ちのナガサキが熊本ではたらくブログ

~東京生活を捨て、妻と子供と熊本へ移住をし、地方の可能性を発信する夢見がちな一般ピーポーの日々~

阿蘇観光業の危機に立ち上がった一匹の妖精の話

   

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阿蘇で稼働率9割を誇る外人向けのサムライハウスって
ゲストハウスを運営してるチームに会いに行った。
運営している光岡さんのブログで存在を知った。
http://local-life-in-aso.kyushu-local-travel.com/

会う約束をしていたけども、地震が起こったので中止となり、
その後特に連絡を取れないでいた。
外国人観光客はこの影響でおそらく簡単にはやってこないし、
ゲストハウス自体も被害を受けてるんじゃないかと推測出来たので、
会って何を話せば良いかも、ちゃんと持ち合わせていなかった。
だけども、阿蘇の現状が最も分かっているのはこの人だろうなと
強く感じるところがあったので、コンタクトを取ってみた。
そしたら、「あー、いつでも空いてますよー」的なノリで返信がきた。
会ってくれないかと思ってたけども、まずまずの即レスに驚きながら
会いに行くこととなった。

現在、阿蘇までのルートは要であった、俵山トンネルが崩壊して、
いろんな回り道をしないといけない状態である。
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/atcl/cntnews/15/041500329/042600031/
通常30分程度で到着するのが、1時間20分ぐらいかけて目的地に到着した。
回り道ルートは、初めて通ったけども雨でもやっぱり景色が綺麗で、
阿蘇の景色ってやっぱ独特のもんあるよなーと感じていた。

到着して、光岡さんと合流した。目的地のシェアハウスの二階から
手を振ってくれていた。
光岡さんは総合格闘家みたいな、たたずまいだったので、
あんまりチョけたらシバかれるかなと思った。
外で待っていたら、山で育って俗世を知らない中学生みたいな人間が、
「ご案内します」とか言ってやって来て、なんじゃこの妖精感はと正直怖かった。
15歳ぐらいかなと思ったら、25歳ですとか言ってて、やっぱ怖かった。
めっちゃチョけたくなった。

中に入ると、ゲストハウスっぽいディスプレイがあるが、この期間で
特にメンテしてないんだろうなーっていう感じがした。
IMG_6048 そして、光岡さんだけが居るかなと思っていたら、妖精、高校生、大学院生が居て、
後で同居人の自由人がやってきた。
けっこーな田舎でも、こうやって集まり始めてるんだなと知り合えて嬉しかった。

妖精君は、天草出身で国立大学でもある宮崎大学を卒業後(一年ぐらい世界を
放浪していたので、卒業までには時間がかかっている)、新卒で光岡さんに弟子入りし、
阿蘇のゲストハウスで外国人相手に、送迎、ガイド、食事作り、掃除を担当しながら、
月収8万、支出3万という正に浮世離れした生活を送っていたとのこと。

光岡さんも、4月1日の民泊関連の法制度改正を控え、行政もメディアも
airbnbなんかを使いながら、地方でまさしく外貨を稼ぐ手法に再度注目が
集まり始めてきていたと語り、「やっとレビューが貯まってきて、ほっといても
どんどん回り始めてきてたんですけどねー、影響力ある人からも取材依頼が
きてたりしてて、この一年で次の手が打てるぐらいどーんと伸びそうだったん
ですけどね、まぁ、もはや全部過去形なんですけど」と言っていた。
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侍ハウスと銘打って、のべ1,000人以上の観光客の宿泊を短時間で
実現した阿蘇のゲストハウスは二度と使うことが出来ないほどに傷んでしまった。
既に危険という赤紙が張られ、改装費を安くしようと仲間に協力して貰いながら
出来上がった思い出の城はその姿をとどめていなかった。
自身も大手企業を辞めて、自分のビジネスで生きていくことを選択し、
誰のツテも無い中で、一件一件いろんな人と会いながら、少しずつ形になった
自分のビジネスが余りにも無情な形で奪われてしまうのってどんな気持ちが
するんだろうと、言葉に詰まった。

「ゲストハウスが受け入れられていたのは、熊本城から電車で阿蘇まで来れる
という導線があったからなんですよ。電車の復旧見込みが立たないと言われると
正直打つ手がなくなっちゃうんですよね。怖がっているのもあるし、外国人は
ここにはもう来ないと思います、正直」と笑いながらも、辛さが見えた気がした。

地震が起こってからの二週間ボランティアをしたり、手伝ってほしいという福岡の
ゲストハウスの友人に会いに行ったり、行政のスタッフとして働かないかとか声を
掛けてもらったけど、全体的にピントが合わなかったのと、15分で出来る会議に
3時間4時間かかってしまう組織の中に入るのは、もうちょっと出来ないかなとなった。
なので、今は次何しようかなとちょっとゆっくり考えてますとのこと。

僕は素直に雨だったけども、阿蘇の景色は地震前と変わっていなくて、
やっぱり良いと無条件で思った。これが資源化されずに発信されていく術を
失うこと自体は震災でも前向いてかないといけないとは言えども、
やっぱり悲劇なのかなと思うと伝えた。
そしたら、「あー、やっぱそうかも、そうかも。なんか見えた気がしました」と
場所が場所ならスーパー怪しい感じの発言を光岡さんがし始めて、
「いろいろ行ってもピントが合わなかったのはやっぱ阿蘇が好きなんすわ。
今日雨ですけど、昨日すごい天気良くて自転車でちょっと行ったとこの景色見ながら
ビール飲んだら、もうこの上ないとはこのことかってぐらいうまいんすよ。
それってロッキー山脈とかも行ったんですけど、やっぱ阿蘇も負けてないと思うんですよね。
てか、自転車でも来たい人とか連れて行ったらええか。なんか出来るかもな」みたいなことを言い出した。

僕は全力でこの機に乗じようと思い、ちょっとええとこ連れてってくださいよーと歩み出て
自炊が主だと言うメンバーと共に近くの良い店に向かった。

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高森田楽の里
http://www.dengakunosato.com/

やっぱ良いと思った。こういう雰囲気の店が今後埋もれていくのはあって欲しくない。

そこのオーナーさんがいらっしゃって、昔からの土地の人は、こんな自粛ムード時に
店を開けるなんてって言う人もいる。何か新しいことする時には、必ずいろんな人の
意見が出る。でも、基本的にはお客様に来てもらって、食事をしてもらうのが私たちの
仕事であって、そこは変わらない。もっかいやろうってこの界隈では最近結託してます。
こういうことがあったけど、やっぱりもっと来てもらいたいし、来てもらわないことには
始まらないと改めて感じてますと、おっしゃっていた。
被災地への接し方は、けっこー分からなかったりする。行っていいのかどうかとか、
言っていいのかどうかとか、僕もある意味で当事者でありながら、個々の事象に
ついては分からなかったりする。
しかしながら、観光業においてのダメージは深刻であって、特に関連する飲食業は
これから長期化する観光客減の煽りをもろに受ける。
ここはとてもシンプルで来る、買うがベースだけども、とにかく必要な人に
直接届くような資金支援が必要となる。
阿蘇は良いお店がたくさんあった、そのお店の復帰率は現在1割程度。
お店目当てに阿蘇周辺を訪れる人も多く、僕もその一人であった。
そのサイクルが一日でも早まることは、日本全体の観光力にも重要な一部かなと
感じる。

で、田楽を頬張り、だご汁をすすり、焼きおにぎりに味噌を塗りながら、
妖精がマジで怠けるという話になった。
新卒で弟子入りという常軌を逸した打ち手であるにも関わらず、
指示したこともやらなかったりするくせに、持ち前の妖精感でお客からのウケは良く、
夜の部では英語で場を支配しているらしい。
若干の詰めを受けながら、光岡さんが「お前東京かどっかで軍資金集めてきてよ」と
冗談交じりに妖精に言った。
妖精は、「え、行ってきていいんすか」と言った。
僕は、あー、よくある返しだと思った。
そしたら、「正直僕もうここに居てもできること無かったんですよね、侍ハウスで
しか食えないのに、それも無くなって、じゃあ他になんかできんのかって、まだ
そんな力も無いし、自分で稼ぐってことがちゃんと出来たことないし、だから良い機会
なんだと思いました。最近覚えた、たこ焼き焼いて売ることしかできないですけど、
とりあえず行ってきます。お金も無いんでヒッチハイクで。今、もう3時半なんで
5時ぐらい出発します」と言った。
すっげー、あたまわっるーと感じるも、この先の展開があまりにも読めず、
とりあえず100万円売り上げるまでは帰るなというルールだけが決まった。
月収8万円の人間が、100万円持って帰ってくることが出来るのだろうか。
彼が売り上げたお金は全て、阿蘇観光業の再建に向けた軍資金に変わる。
うまくいく可能性の方が少ない訳だけども、まずやってみるという態度は
何者も否定してはいけないんじゃないかと強く思う。
困ってるのは正直なところなので、できるだけ全国の人に助けて貰ったらいいと思う。
彼は紛れもない当事者であって、正しく現状を伝えられる一人だと確信している。
すぐ阿蘇には来れなくても、100円でも200円でも彼に売上を与えてあげてほしい。

で、そこからは若干悪ノリめいた中で支度が終わり、アッという間に出発となった。
チームの一人が、名刺を作って、領収書を渡していた。とりあえず経費でも
切れるようにはしとけっていう謎のアドバイスを投げかけ続けていた。
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初対面ということもあって、僕がサービスエリアまで送ることになった。
ヒッチハイクの最初に乗せてくれた人となってしまった。
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道中さすがに雨やし、明日明るくなってからにするかみたいな話もしながら、泊めて
くれそうな人に電話をするもまぁまぁ断られた。彼はこれから大丈夫なんだろうか。
サービスエリアに彼を置き去りにした。
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こちらの不安をよそに開始5分ぐらいで福岡に行く人に乗せてもらったと連絡があった。
これからどんな出会いがあって、彼がどんな未来を切り拓くかは神のみぞ知ると
いうところですが、興味無くても是非「Takoyaki Boy」というダダスベリな看板を
引っ提げ、今日を生き抜こうとしている彼の挑戦を応援してほしいです。
僕も阿蘇で本気でうまいビールが飲めるその日まで、長く応援していくことになります。
是非、よろしくお願いします。

ほな

たこやきブログ(これから更新なので、まだまだですが見ておいて貰えますと!)
http://www.aso-takoyaki-boy.link/

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