大阪育ちのナガサキが熊本ではたらくブログ

~東京生活を捨て、妻と子供と熊本へ移住をし、地方の可能性を発信する夢見がちな一般ピーポーの日々~

立って一時間話しているだけの内容にえらい感動した話

   

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IMG_5738 ※写真は、家の近くの道に生えてる草むらの中からてんとう虫を見つけようと、パジャマで見つめ続ける愚息。

入社して、3か月に満たない私でありますが、先日定年を迎えられる(ちょっと早いらしいが)
責任者の方から皆に対して、メッセージがあった。
メッセージと言っても、一時間弱のプレゼン資料無しの演説形式であった訳で、
僕としては相当聞きごたえがあり、短い間しか所属していないのだけども、
普通に感動した。ほんと、感動した。

語られたのは、貧乏自慢なら負けないぜみたいな出自であって飯場で育ってきたこと、
飯場が街の方に移ったので、校区は貴族階級と被ることになって、
まぁ色々イジめられたり、不便があったこと。その中で、なにくそと勉強するように
なったり、仲良くなった友達も優秀だったりして、自ずと周りに引っ張られながら、
成長してきたと思うし、人に恵まれてここまでこれたなという感覚は今なお強く
感じているということ。

そこから社会人編に移って、半官半民みたいな組織であった為、
「どっちでもいい」というような風潮が強い中、その中でも、上とか他人がどうと
言うことではなく、自分がどうしたいかを常に持っておられ、ひたすら当事者意識を
高く維持されていたんだろうなという話だった。

業界環境が激変する中で、その先を見据えた大きな投資判断が必要になった時、
その内容が決議されないのであれば、EBOしてまでも、そこにいたメンバーで事業を
貫き通そうとしていたこと(普通に決議されて、ビビったらしいけども)、その後安定期に
入ってくるとだんだん躍動感が失われ、面白みが欠けてきたこともあったりして、
組織を移ったこと。当たり前だけども、全体を通して誰かに言われて何かしたみたいなのは
一ミリも存在していなかった。だから、一時間も興味を失わないまま、
ただ立って話している人の話を聴けたのだと思う。

こうなったらいいなーみたいなことを思うことは誰だって出来るし、
思うことすらしなかったり、出来なかったりする人も居る訳だけども、
自分が思ったことをその時に本当にやった人と言うのは、成してきたことへの
他人の評価に関わらず、説得力がある。
この説得力こそが、本当に大事なことであって、この説得力は
やってきた人にしか出ない。
やったという実感があるから、伝わってくる言葉が色づいていて、明確に
その情景が浮かび上がってくると思う。
僕なんて、やってないのに、だいぶやった風に言うから、もう全面的にメッキ感が
凄い訳で、それすらも大事な時もあるのだけど、毅然として立つことが
必要とされる場合、自分がこれまで成してきたこと、成そうとしていることを
どこまで自分自身が普段から信じられているかは、滲み出るのだろうなと
改めて感じた次第でございまして。

最後はシンプルで、最も大事なことは「思いやり」と言われていた。
そんなものは世の中には無いと思うことも多々ある訳だけども、
今のチームはどこかそれを信じていこうぜというのが根底にあるような気がする。
言われて出来ることなんて、せいぜい知れているはずなのだけども、
だんだん伝わってるから、こういう空気感があるのかなと勝手に信じている。
しかし、立って一時間話して、人を感動させるって、なんか改めて考えてもすげぇな。
自分なら開始三分で寝てる人を発見し、そこから焦って汗だくなるパターンのやつやな。
はい、現場からは以上でーす。

ほな

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