大阪育ちのナガサキが熊本ではたらくブログ

~東京生活を捨て、妻と子供と熊本へ移住をし、地方の可能性を発信する夢見がちな一般ピーポーの日々~

出せよとリスクテイクの話

      2016/11/15

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出せよ、この言葉に一カ月前はかなり苦しめられていた。「出して」は好きですけども、「出せよ」はあかんと。カツアゲですかと。

どれだけ苦しんでいたかは、この方のこのブログを是非読んでいただきたい。そして、一カ月も経たない今ではあるが、出せてるか否かを基準に物事を考え始めている。何かのタイミングで、自分も出せよとか言い始めるのではないかと、ヒヤヒヤし始めている。そして、いよいよ口から出てしまった時には、ニヤけてしまいそうな気がする。本当に苦しめられていたからだ。

そして、入社二日目の今日、新年会があった。社員が多いので二日に分けて開催される。そして、懇親会の席で、上司が一番最初に皆に言った言葉が、「もっと出せよ!誰かにもう止めときなはれ言われるまで、出さないと!」だった。ほっほー、貴方もなのですね。出せよ論者は。この地にも居たのですね。そして、「出せよ慣れしてない人が後ずさりをする」は、この地でも同じ現象が起こるのですね!会社の哲学としても、出せてる人を壇上で表彰していると言う印象があった。

では、本日の私、出せてるのでしょうか。多分言われるでしょう。もっと出せよと。全然出てない、1ミリも感じないとか言われるんやと。

チャンスはやってきた。現金2万円をかけたジャンケン大会で最後の3人まで残り、僕は壇上に上がっていた。そして何故かモンキーマジックに合わせて(あ、申年だからか)、踊れと。このパターン、なんか一カ月ちょっと前にもやったことあったんちゃうかなと、スポットライトを浴びながら、
僕は変な動きを誰よりも全力でやっていた。会場300人近くの笑い声が凄かった。場を支配するとはこの事なのですよって感じで、アイツは誰だ感が半端無かった。結果ジャンケンは負けたので貰えなかったのだけども、見知らぬ女性社員から記念に写真撮ってくださいとチヤホヤされて、この時間もっと続けば良いのにと勝手に願ったりしていた。

で、ここで思うことは僕はリスクテイクの真の姿を分かっていないから言うのだが、「壇上で変な動きを誰よりも全力でやる」はリスクテイクしたのだと思っている。普通は、なんでこんな辱めに合わなければならないんだと、少なくとも僕ではない二人からは勘弁してくださいオーラが出ていた。僕もビビっている訳だが、それ以上に、面白いヤツになる為の行動をしなければ!が上回ったからこその反応だったように感じる。

日常で最も多いリスクは、恥をかきたくないと言う思いからくるビビリだと思う。そして、このビビリの問題は根深い。いつの間にか出来ないことと思い込ませたりしてしまう。ビビっているからやらないだけなのに、自分には出来ないことなんでみたいになってしまう。そこで行き着いた先にもきっと幸せはあると思う。けど、今日話した人で、車や機械をイジることが心底好きだって人が居た。じゃあ、そういう仕事に就いて思っ切りやってみるのもいいんじゃないですか的な質問をした。
「あー、そうですねー、確かにそうですねー。けど、多分趣味を仕事にしちゃうと大変になっちゃいそうでー。」って言ってたけども、その話題の時バビるぐらい目輝いてたから、本当はやった方がいいんだと思う。これはもしかすると、「もう出てもうてるやん」ってパターンなのかもしれない。
そう言う意味で、出せよは奥深い。出ていると人間一人からでも凄いエネルギーを発している。だからこそ、300人を笑わせられるし、話している目も輝くんだと思う。これが今よりも10%増えるだけで、世の中は良い風に変わるような気もする。すっごい単純に言うと、なりたい自分とか、目輝かせて話せることがあるんなら、色んなこと考えてビビるけど、やってみたら少なくとも異性にチヤホヤされるぐらいの見返りはありますよと。そして、出してが好きだと。

出てる人をビビらずに賞賛できる人も素晴らしいと思う訳で、凄い人やから近づきにくいよーって思う人にほど、どこが凄いと思ったか伝えにいった方がいい。それだけで、伝えられたって満足感と、伝えてもらった満足感は発生するはず。お金はかかってないのに、世の中の総満足量は上がる。
リスクテイクがビビるけどやってみるって事であれば、僕は極力その選択を日常でもしながら、良くも悪くも想定以上の結果に振り回される人生にしたい。ビビった時はチャンスだと真に理解が出来れば、もうちょっと面白いヤツになれる気がする昨今。時間かかって書いてるのにまったく面白くならなかった本文。写真は、出てもうてる。

ほな

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